風
今日は目が覚めた時、風の音がして
天窓から見える空が
青一色だった。
いつも眠りが浅いので4時、5時の薄暗い空と
出会うのが1日の始まりだから
寝過ぎちゃったのかと思ってびっくりした。
でも、どっちにしろ仕事はお休みさせて
もらっているし
外には出られないからすることは
そんなにない。
父からのメールがあるか確認する。
一昨日の施設入居直前に、再度熱発したのと、
血中酸素飽和濃度が92%まで下がって
胸痛が出始めていたから
送迎タクシーの中で急遽病院への搬送が
決まった。
父が家を出て行く時、
雨が降り始めていたから
裏庭ではなく
室内の廊下を通ってタクシーまで行くことに
なったんだけど
自分は接触しないために
部屋の戸を閉め切っていて、
何か言えばいいのに、もう涙とか
心臓がバクバクしてて
声が出なかった。
だから、2階から父がゆっくり降りてくる足音
部屋の前を通る時、
ほんの少し荷物のリュックが扉を擦る音に
耳を澄ませてた。
この時の音は、今も簡単に記憶の引き出しを開けると再生することができる。
それで、
廊下を歩いていく途中で母が締め切った
洗面所の扉の向こうから
「帰ってきてよ!!」
って大きな声で父に叫んだ声が聞こえてきた。
この声と、その意味が自分の心を
ダイレクトに叩きのめしたみたいで
しばらく粉々になったまま動けなかった。
今
窓の外は少しずつ白く曇り始めてる。
風が強くて草木が擦れ合わさる声がする。
昨日の夜、昼から天気は下り坂だって
ニュースで言ってたから
さっき起きてすぐ庭に出て
畝を立てて、マルチも張ったんだ。
それから完成した畑の隅にニラを5株
植えつけた。
一晩水につけたツルムラサキの種は
ポットに埋めて
挿木失敗かと思ってた白いちじくの根っこも
見つけた。
カビが生えて捨てるしかないと思ってた、
ひよこ豆からも双葉が顔を出していて
まるで蘇ったみたいだったから
フェニックスって名前をつけた。
ふるったクワが石にぶつかる音
ミミズがここの土は悪くないよと潜っていく声
屋根から虎視眈々と実のなる果樹を待って
鳴くヒヨドリの声
雨が降り出す音
耳を澄ませば
自分の足音や声ばかりに囚われなければ
もっと多くのものたちの声を聞くことが
できるんだと思う。
それらは積み重なって
緩やかに忘却と微生物たちが
分解していく。
そういえば、土ではない有機物が
完全に土になるには
10年、20年とかかると聞いた。
それから、わたしの体の90%は
微生物で構成されているとも。
なら、内側で積み重なったものたちも
いつか小さく、姿がわからなくなるまで
分解されていくのかもしれない。
そしてまた
新たに種を蒔くことのできる
土壌となるために。
多分。
待っていれば。