(前回の記事の続き)
第二次世界大戦後、ドイツに駐屯していた
あるアメリカ人兵士の個人アルバム。
1冊目は
駐屯中の1945年から46年までの写真が綴じてあって、
2冊目には当時の通貨と、新聞などのスクラップが貼ってあった。
彼は最後に、
またねドイツ!
良い旅を。
という言葉で締めくくっている。
2冊のアルバムの
彼の記録は1946年12月で終わっているから、
それ以降の彼がどんなふうにその後の人生を過ごして、
そしてあの時に辿った道をどんなふうに胸に抱いているのかを知る術はなかった。
と思ってた。
写真を綴じ直してたとき、
どっからともなく
一枚の紙が滑り落ちてきた。
四つに折りたたまれた古い新聞。
開いてみると
漫画の見開きページだった。
彼の2冊目のスクラップアルバムには
大量の新聞に載ってる漫画の切り抜きが貼ってあったから
まあ、この一枚を残したのは
分からなくもないっていうか
漫画好きだったんだなあってしみじみ思ってた
それで、
内側に織り込まれてた反対のページをひっくり返した時
息を呑んだ。
それから鳥肌がたった。
その一面記事は
ダッハウ収容所の特集だったから。
この新聞の発行日は
1976年 2月5日、
彼が帰国してから約30年後のものだった。
おそらく50歳くらいのとき。
1945年、彼の駐屯していた近くでは
ダッハウ収容所が見つかっていて
アメリカ軍に解放されている。
だからアルバムに綴じられた写真のうち、
30枚ほどはこの場所を撮ったものだった。
ただ、添えられた言葉は
「最近見つかった収容所
囚人を収監している場所
拷問部屋
銃殺する場所」
といったように、
淡々とした説明書きのみで
彼がそれをどのように感じていたのかは
分からなかった。
だけどたぶん、
この1976年の一枚の新聞が
捨てられずにここにあることが答えだと思う。
アルバムのどこにこの一枚がそっと折り込まれていたんだろう?
帰国後の唯一の足跡。
50歳を過ぎた彼が
それまでの時間をどう生きてきたのかは
僕には分からない
きっとある日
新聞でこの記事を見つけて
そして思い出し
静かにそこを切り取って
40年間ずっと持っていたんだと思う。
この記事には、
ダッハウ収容所で起きた暗い過去について。
そして当時収容されていた人の事実。
しかしダッハウという場所は
暗い歴史の代名詞ではなく
本来、文化や自然が豊かな場所で
みんながそれを取り戻そうとしていること。
また、収容所を資料館として残し、起こった事実を忘れないようにしていること。
この土地へ移住した人々の言葉が綴られていた。
1946年、
彼がアルバムの最後に残した
「Auf Wiedersehen
Deutschland
ドイツの未来を思った言葉。
1976年2月、
彼はその回答の一つをこの国から受け取ったんだと思う。
おそらくもういない、
誰かの心の中のさざ波が
ゆっくりと広がっていくのを感じる
すべては不確かな想像かもしれない。
それでも
それを見つけられた